2021/10/04 11:00

~真理は時の娘~
 Truth is the daughter of time.
     ヨーロッパの古い諺

 1951年に発表された「時の娘」は、イギリスの女流ミステリー作家・ジョセフィン・テイの代表作であり遺作でもある。何らかの理由で入院なり安静なりを強いられた探偵が、自らは事件現場に赴くことなく、助手たちのもたらす情報を精査し、謎の解明に迫ってゆく、ベッド・ディテクティブの嚆矢的な作品としても広く知られ、執筆から半世紀以上の時を経ても読み継がれる歴史ミステリーの名作である。
 犯人追跡中に負傷して入院中のロンドン警視庁のグラント警部は、友人に勧められた歴史上の事件の謎解きで、退屈を凌いでいた。職業柄、人の面相から性格や行動を見抜くことができると自負していた彼は、ある一人の男の肖像画にひきつけられる。それは、イギリス史において悪逆の代名詞とも称されるリチャード三世の肖像画であった。
 ヨーク朝最後のイングランド王であるリチャード三世は、兄王の死後、幼い王子を殺して王位を簒奪した悪名高い王である。しかし自らの観察眼に絶対的自信を持つグラントは、王の歴史的評価が肖像画の人物とどうしても一致しない。肖像画に描かれた男は、冷酷さも非道さも感じさせない、誠実で良心的で責任感に満ちた人物にしか見えないのだ。そこで彼は、友人の若い歴史研究者の助けを借りながら、リチャード三世にかけられたロンドン塔の幼い王子殺しの嫌疑を晴らすべく、様々な推理を積み重ねてゆく。
 洋の東西を問わず、国家の歴史書に記されるのは勝ち残った者達の歴史である。時の為政者が、自らの正統性を知らしめるために編簒する歴史書は、技巧をこらし、装飾された物語である。勝者には勝者の大義があるように、敗者には敗者の正義がある。讃美される者の影に、数えきれぬほどの人々の人生が横たわっている。歴史をひもとく面白さは、囚われのない心で、その時代の価値観を共有し、そこに生きた人々の営みに分け入る作業にある。そして、その行程の中で、私達は「時の娘」に出会うことがあるのだ。
 彼らが辿り着いた結論については、推理小説という性格上、ここで詳かにすることは差し控えたい。ただ、本書の冒頭のページにも記されているヨーロッパの古い諺を引用した、哲学者の言葉を紹介して、時空を超えた謎解きの旅の道標としよう。

「真実は時の娘であり、権威の娘ではない。」

 フランシス・ベーコン


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書籍名 時の娘 https://amzn.to/3DanucE
著者 ジョセフィン・テイ
小泉喜美子
出版社 ハヤカワミステリー文庫
初版 1977年